12月号イラスト
イラストレーション:火取ユーゴ

山下洋輔の文字化け日記

第106回 2010.12月

チ月リ日。チリの落盤事件、無事に解決して何よりだった。ずっと疑問だったのがレイトツ(トイレ)問題だ。誰も言わないのは何故だろう。食って出して寝るのが生物の基本だということは猫を飼っている者ならすぐ分かる。大変なんですよあれは。猫よりはるかに大きな哺乳類が33頭、閉じこめられた場所で毎日ソークとベションをする。これは破滅を意味します。でも皆生きていた。化学処理のトイレがあるとネットで見たがそれだけだろうか。近くに地下水の流れがあると最初のころの報道にあった記憶がある。これに違いない。これを利用したカワヤがあったのだ。

田原月総一朗日。1969年に田原総一朗さんが作ったドキュメンタリー番組を見ながら話をするというイベントに参加する。当時の学生運動のさ中に早稲田大学のバリケードの中で演奏した様子が映っている。そのピアノを勝手に持ち出した大隈講堂でというのも粋だ。番組では火炎瓶が飛び交って演奏場所が大混乱になることが想定されていたのだが、学生は対立派共々皆おとなしく聴いてしまった。それで田原さんはおれの家庭事情などを撮ったり、多摩川に連れていって夕日の中を走らせたりした。ドキュメンタリーはヤラセであると若いおれにしっかりたたき込んでくれた恩人だ。極端に言えば、テレビに写るものは全てヤラセだ。ニュースに音楽をつけた途端にそれは創作ドラマになる。このイベントはテレビ番組の収録でもあるというので、途中「これはカットされてもいいので、この場で発言したい」といって、ここでも何度か言っている「思い」という言葉が国を滅ぼすという主張を述べた。後日のオンエアでどうなっていたか分からない。自分が出ている映像は大体見ないのよね。

酒月蔵日。竹内直(ts,b-cl)が「オブシディアン」というバス・クラリネットだけのアルバムを作ってそれにおれも3曲参加した。それとは別に直ちゃんとは何度もデュオ・コンサートをやっているが、今回はその直ちゃんのお招きで彦根にやってきた。演奏会場は酒蔵岡村本家のお座敷だ。岡村家は彦根城のご家老の家柄で建物は歴史遺産のような広大なたたずまいだ。客席は畳敷きの大広間で大きな卓袱台が並んでいる。ステージの一画は床になっていてグランドピアノが常設されているという凄い光景だ。何度か来ている直ちゃんに導かれて本番大盛り上がり、打ち上げも別の大広間で子供たちも交えた家族的な集いで大盛り上がり。ご家老のお屋敷にお招きいただいた歌舞音曲師となって、この場所で出来たお酒をいただき、陶然となったのでありました。

ビッグ月バンド日。「山下洋輔スペシャルビッグバンド」の今年のツアーは、春日井、大津、松戸と巡り、この渋谷Bunkamuraのオーチャード・ホールと所沢市民文化センターで終了する。スケジュール調整が大変な凄いメンバーなので前回の公演から二年かかったとステージでもアナウンスする。そのメンバー、エリック宮城、佐々木史郎、木幡光邦、高瀬龍一(tp)、松本治、中川英二郎、片岡雄三、山城純子(tb)、池田篤、米田裕也、川嶋哲郎、竹野昌邦、小池修(sax)、金子健(b)、高橋信之介(ds)と共に、「Rockin' in Rhythm」、「All the Things You are」、「Groovin' Parade」、「Bolero」、「First Bridge」、「Memory is a Funny Thing」、「幻燈辻馬車」、「Rhapsody in Blue」を演奏。「ボレロ」は前回の演奏を聴いた筒井康隆さんから「脱臼したボレロ」と褒められたフリージャズ・ボレロだ。そのままドウ・マゴで打ち上げ。アレンジと指揮をしてくれる松本治が「次は『展覧会の絵』も『春の祭典』もありますね」と言ってくれる。頼もしい! 実現しますよ、これは!

江古田月バディ日。江古田のライブハウス「バディ」のオープン20周年記念コンサートのシリーズに2日間出演。初日は、川嶋哲郎(ts)、柳原旭(b)、小笠原拓海(ds)。小笠原君を山下達郎に取られてしまったので掴まえにくいのだが、今回は前日の倉敷公演と翌日のNHKホールの合間に拉致監禁することが出来た。二日目は、太田惠資(vn)、米田裕也(as)、熊本比呂志(perc)というメンバー。得意のハナモゲラ・トルコ語でわめく「オータのトルコ」などでトルコ人を自称する太田世界炸裂。米田、熊本とは「Solo & More」というユニットをやっているが、実は太田氏を加えたこのメンバーでトルコに行くことが決まっている。人気クラシック・ピアニストのファジル・サイがプロデュースするピアノ・フェスティバルに呼ばれたのだ。ソロとバンドの二ステージをやることになっている。果たして太田トルコ世界はトルコでどう迎えられるのか、非常に楽しみだ。奇しくも二十年前の同月同日にこの店に出演している。今回共演の若者たちのその頃の歳を聞いたら、八つ、七つ、六つ、だって。やれやれ。