4月号イラスト
イラストレーション:火取ユーゴ

山下洋輔の文字化け日記

第98回 2010.4月

猫月ブログ日。筒井康隆さんが、おれの猫ブログ「猫ラシドレミファ♪」を読んでくれていて、面白いと言ってくれた。これは嬉しい! 約束した猫の本をなかなか書かないので、出版社の作戦ではじめていたのだ。こちらのコラムに最近猫のことが出てこないのはこの為です。すみません。猫は猫、文字化けは文字化けで進行いたします。

鷺月巣日。作曲家の鷺巣詩郎氏は、以前、パリで経営するジャズクラブにニューヨーク・トリオを呼んでくれた人だが、人気アニメ「エヴァンゲリオン」の音楽担当者でもある。今回ピアノ・バージョンのアルバムを作るので2曲ほどやらないかと声をかけてくれた。ヤマシタ・スタイルのソロでいいというので引き受けた。回りに聞くと皆よく知っている超人気アニメなのですね。息子によく言われる「おやじがそんなことやるとファンの人にコロサレルよ」の世界だが、好奇心を押さえ切れず「E05」と「A01」という曲をやってしまったのよね。

岡月林日。岡林信康が美空ひばりの曲をカバーしたアルバムが話題になっていて、NHKテレビ「SONGS」にも出演した。その助っ人で金子健(b)、高橋徹(ds)と共にひばりの「悲しき口笛」、岡林の「山谷ブルース」を伴奏。岡林が作曲してひばりに捧げた「レクイエム」にもピアノで参加した。これも「ファンの人にコロサレルよ」の口だが、やってしまったのよね。

郡山月ラプソディ日。ベトナム在住の指揮者の本名徹次さんはご実家が郡山にあり、そこは有名な薄皮饅頭を作っているお家だ。お里帰り公演に同行して「ラプソディ・イン・ブルー」を再演する。ゲストの森久美子さんが司会をし、ご自分のコーナーでは「Time To Say Good Bye」と「美女と野獣」での超絶早変わり歌唱技の熱唱で会場を沸かせた。本名ー山下ー日フィル組は「ラプソディ」とアンコールに山下曲の「スイング」をやって、最後の場面ではオケのメンバー全員が立ち上がて演奏するスタンダップ・プレイで炸裂した。

白龍月館日。村上ポンタ秀一(ds)、坂井紅介(b)、天田透(b-fl, ten-fl)の四人で中華レストラン白龍館で演奏。ヴィンテージのベーゼンドルファーがフロアの中央にでんとある不思議な店だ。もともとはポンタがご店主と知り合いになって誘ってくれたのだが、行ってみてびっくり。小上がりの座敷には碁盤が積んであって、それもそのはず、お店の若オカミは元全日本アマチュア囲碁チャンピオンの村井真理子さんだったのだ。最初のコンサートには客席に武宮正樹、林海峰、片岡聡、囲碁ライターの春秋子、内藤由起子、という面々がずらりと揃って、囲碁ファンのおれは思わず「これではまるでマイルスとコルトレーンとロリンズが揃って客席で聴いているのと同じです!」などとMCでわめいてしまった。今日は対局日と重なって棋士の方々の姿は見えないが場内満杯。来日中の米国人女性セサリー・クリック・ヤマモト夫人が来てくれたので、「Memory Is A Funny Thing」をやる。この人がメールに書いてくれたこの言葉がヒントになって同名の曲ができた。実は妹の山下眞理子(vo)がこの曲をタイトルにしたCD(発売・ローヴィングスピリッツ)を作っている。おれも伴奏しているので機会があればご笑聴ください。

八ヶ月岳日。八ヶ岳高原音楽堂で年に1回のペースでやっているコンサートに前日入り。恩師の徳丸吉彦先生の別荘で夕食をいただく。聡子夫人共々作ってくださったのは和牛の内モモのローストビーフをメインにした絶品のフルコース。シャンパンとワインで陶然となる。食後陶然としたままピアノを弾くと、聡子夫人も4月のリサイタルでやるガーシュウィンの「ピアノのための3つのプレリュード」を弾く。ジャズの感じはどうかなどの会話になって「その三連音符のアクセントは」など、日本で現代音楽を真っ先に弾いた名手で最初の女流指揮者でもある聡子先生にご進言するという、恐れ多くも光栄な時間まで出現した。

Mi月ya日。翌日はMiya (fl)が到着して、ガラス窓越しに雪と山々が見える八ヶ岳高原音楽堂でリハと本番。前述の「Memory Is〜」の最後の繰り返しのフレーズにはMIyaのオリジナル曲「祭り」の中の印象深いフレーズの影響(つまりパクリ)があるのだが、それを伝えてMiya自身に吹いてもらっても、どこなのか分からないと言う。しめしめ。その「祭り」やフリープレイも含むお互いのオリジナル曲を次々に演奏した。公演後のサイン会、お客さんとの食事交流会やスピーチも無事に済み、暖炉の燃えるバーのソファに座って飲みながらのヨモヤマ話も楽しかった。おせっかいジジイと化してMiyaの将来の伴侶問題など聞き出したり「医者を探しなさい」などとわめいた記憶があるが、もはや雪景色に溶け去って真相は定かではない。