イラストレーション:火取ユーゴ
第96回 2010.1月
急速にゴミ屋敷化しつつあるピアノ部屋の大掃除を決行。国立音大の教え子で助手だった櫛田哲太郎(vn)君に来てもらった。哲メソッドは、まず全ての物品を種類ごとにまとめて部屋の外に出してしまう。それを見て、捨てるものと戻すものを決める。ほとんど捨てる。哲君の忠告で机も一個見捨てた。おかげで百キロ以上の物品が引き取り業者の手に渡り部屋はぴかぴか。これで安心して調律の岩崎さんにも来てもらえる。
この労働の前に近所の蕎麦屋「田掘」で昼食をしたが、哲君はまずもりそばを四枚注文してそれを食べながら天丼とおかめウドンを頼んで全部平らげた。その四枚で月曜日は昼営業のお店の蕎麦が無くなり、おかみさんが暖簾を下げてお客さんを断った。それで天丼とおかめウドンになったわけだ。恐るべき奴なので「テレビに出ろ」とけしかけたら「自分たちは人の四〜五倍だが、あの人たちは二十倍食べる」とプロのレベルをちゃんと認識しておりました。
浜離宮朝日ホールに続いて所沢市民文化センターで金徳洙(チャンゴ)とデュオ。デュオ・コンサートは8年ぶりだ。金さんの打撃と踊りに自然に体と音が反応する。長年の兄弟みたいだとステージで金さんが言う。アンコールは「アリラン」。打ちあげは韓国料理屋で豊潤な香りに包まれた。昔話になり金さんは13才で日本に来ていることや美空ひばりと同じステージに立ったこともあるなどを聞く。ご自分の一代記は書いているが、それとは別の日本の芸能史にからむ話も面白い。思わず「聞き手になるから本を出そう」などと酔っ払い言辞を弄する。既に韓国政府から国民勲章や文化勲章を受章している金さんは、翌日から英国に行ってケンブリッジ大学の教授になっている英国人の弟子の尽力でワークショップやコンサートをやる。相変わらずダイナミックな行動力だ。
渋谷AXでスペシャルイベント。柴田淳Meets山下洋輔ビッグバンド。人気の歌姫の曲を第1部で挟間美帆(key, arr)コンボ[伊藤智也(g)、二家本亮介(b)、山内陽一朗(ds)、赤塚謙一(tp)、米田裕也(as)、安川信彦(ts)]が伴奏。第2部は、それプラス国立音大のOB現役で固めた山下ビッグバンド、田沼慶紀(tp)、須賀裕之(tb)、半田信英(tb)、近藤淳也(ts)、中村尚平(bs)が演奏。アンコールは柴田&山下デュオで柴田曲の「かなわない」。最後にビッグバンドをバックに「メロディ」を熱唱という理想的フィナーレが実現した。
名古屋芸大で特別講義。生徒バンドが選んだ課題曲が「I'll Close My Eyes」なので歌詞の意味を調べる。今まで漠然と「目を閉じて接吻を待っていたら違う人の唇が触れた」などと思っていたらこれが全然違う曲解無脳暴露の馬鹿解釈だった。友人歌手の上山高史氏、米国育ちの翻訳家宮嵜真優氏から異口同音に「Lips」の意味が違うことを指摘されて氷解。思い込みはアブナイ。早速その恥を公開授業で話してあとは実技に突入。生徒達が会う度に上手くなっているのは嬉しい。
高槻の「スタジオ73」でソロ。スタジオ主催のコンサートが29年続いたが、今年でひとまず打ち上げる記念シリーズの一日だ。最初に来たのは24年前で、新大阪駅に出迎えに来てくれた川中洋子マダムと一緒にラッシュの電車のつり革につかまってやってきた。こういう印象的な出来事のせいか、その後もご縁が続いた。そのころから控室になっている自宅の居間をのぞきに来ていた坊やとお嬢ちゃんがもう立派な弁護士とスペイン風バールのシェフ夫人になっているというのだから、こっちも年取っているわけだ。ご家族共々打ち上げで美味しいワインをいただく。
ライブスポット「NARU」の40周年記念シリーズ。初日は米田裕也(as)、堀越彰(ds)のトリオ。初代トリオからの40周年記念コンサートをこちらも日比谷野音でやったばかりだが、あの歴史は15年で一段落した。その後ニューヨーク・トリオと同じ時期に日本でオーディションから参加してくれたのが、堀越彰、小松康(b)だ。初代トリオ以後、初めてグループを組んだ日本人プレイヤーということになる。1993年には「日本全国縦断八十八カ所サバイバル・ツアー・但し打ち上げ無用」というものを敢行して本当に88カ所を回った。その時オープニングに毎回三度傘で登場してくれたのが堀越彰だ。若い共演者の米田君ともども自由にアバレる一夜となった。
2日目は堀越君はそのまま、Miya(fl)、斉藤草平(b)が加わっての特別セッション。二人とは洗足音大のジャズコースで知り合ってもう長い時間が経つ。MiyaコーナーをまかせたMiyaは自作の「Oriental Sun」「Talking」「祭り」を披露し、表現力炸裂の素晴らしい演奏で客席を魅了した。堂々たるバンマス姿はとても頼もしい。