イラストレーション:火取ユーゴ
第102回 2010.8月
一柳慧作曲「ピアノ・コンチェルト第4番<Jazz>」の再演に先だって、金沢の石川県立音楽堂でプレ・イヴェントがあった。池辺晋一郎氏の司会で、トークと共に一柳先生とピアノデュオもやる。まずシュトラウスの「美しき青きドナウ」から「皇帝ワルツ」。一柳先生が昔アルバイトで進駐軍のキャンプで弾いていたもので、目をつむっても弾ける懐かしい曲らしい。これに「いつでも乱入しなさい」で、遠慮なく乱入。2曲目はガーシュインの「三つの前奏曲」の2曲目。これはもろブルース・イディオムなので乱入してジャズ・ブルース化を図る。さらに本番でやる「ラプソディ・イン・ブルー」を一柳先生のセカンド・ピアノで、後半を全部やるという超豪華体験が実現した。もっとも、アドリブの箇所は二人で同時にアバレるということも起きてやはりタダではすまないものになった。
司会の池辺晋一郎氏は有名なダジャレ名人で、こちらもつい期待してしまう。期待にたがわずお会いした瞬間から連続攻撃だ。楽屋にあるサンドイッチを見て「音楽家は皆サンドイッチが好きなんですよ。ショパンはジョルジュ・サンドが好きだったし」。喫煙の話題から「私は横綱です」「???」「スモーキング=相撲キング=横綱」まだまだあったがすぐには思い出せない。この方と会うと「メモしておけばよかったなあ」といつも思う。そうそう、ステージではガーシュインの話の時に「目白にあるのが、ジョージ・ガクシュウイン」とかましておられました。悶絶です。
藤岡幸夫指揮のオーケストラ・アンサンブル金沢と、まず富山県の高岡市民会館で本番。プログラムは、アンダーソン・メドレー、バーバー「アダージョ」、チャップリン「エターナリー」、ウィリアムズ「シンドラーのリスト」、ジョップリン「エンターテイナー」で、「ラプソディ〜」と一柳作品を弾く。何とか無事にすんでホッとしていると、楽屋に西木伊津子さんや吉田哲朗さんが現れた。以前に毎年のように高岡に呼んでくれたジャズ一派だ。先ほど客席から花束をくれたご婦人は、その時に一緒に写真を撮った高校生で、今は子供さん共々ヴァイオリンを楽しんでいると後日判明した。長くやっているとこういう素晴らしい事が起きる。
翌日は石川県立音楽堂で本番。コンチェルトの最後の部分のピアノは即興演奏が指示されていて、f記号が四つあり「Violent ad lib」と書いてある! 「これは、あれをやれと言っているのだな」と当然察しをつけますよ、あたしゃあ。それで両腕肘打ち奏法を繰り出して、大団円の決着をつけた。藤岡マエストロとがっちり握手をし、一柳先生もステージにお呼びして一緒に何度も拍手に応えた。半年以上前から準備してきたものがこうして一応の結末をむかえた。一応のというのは、この曲の再演が今年中にあと2回予定されているからだ。
長くやっていると色々なことが起きるもので、富士スピードウエイで今年から始まった「ジャパン・ジャム」というロック・フェスティバルに、ザゼンボーイズという人気バンドのゲストとして坂田明と一緒に呼ばれて参加した。リーダーの向井秀徳氏は、去年7月に日比谷野外音楽堂でやった「山下洋輔トリオ40周年記念コンサート」を聴きに来ていたという。以前から我々に目を付けていたらしい。ザゼンは非常に面白い自然発生的ハチャメチャロック音楽集団で、決めるところは決め、歌うところは歌い、わめくところはわめく。坂田と向井氏の間で行われた即興絶叫ハナモゲラ対決には、久々に血わき肉躍りました。
今年もようやく岩原のピットインに転がり込む日程がとれた。一人合宿をして来年のニューイヤー・コンサートや秋のニューヨーク・トリオの構想を練る。このスキーロッジの支配人岡淳さんはイタリア料理の名手で、NHKの「食彩浪漫」という番組に推薦するシェフとして一緒に出てもらった事もある。好きな時に温泉に入り、朝と晩に美味しい食事をする。美味しい食事が保証されていると断酒は簡単にできることを来る度に発見する。今回はたった4日間だが、その晩餐メニューは以下の通り。
1日目。蛸の前菜。えびのクリームスープ。肉団子とトマトのカッペリーニ。いかすみリゾットと半熟玉子。インサラタミスタ。鶏グリル・マルサラマスタード。ドルチェ&カフェ。
2日目。かにつめの前菜。豆とコーンのスープ。ボンゴレ・ビアンコ。ジェノバ風ニョッキ。インサラタミスタ。鰆のペッパーグリル。ドルチェ&カフェ。
3日目。若鳥の前菜。クレソンとじゃがいものスープ。えびとトマトのカッペリーニ。帆立の玄米リゾット・サフラン風味。インサラタミスタ。もち豚の赤ワインみそソース。ドルチェ&カフェ。
4日目。生ハムの前菜。豆乳スープ・ハーブソーセージ。ラザニヤ。シチリア風ペンネ。トマトと大根のサラダ。和牛のセサミ・バルサミコ。ドルチェ&カフェ。
どうです。今すぐ食べたいでしょう。鶏魚豚牛という4日間の曲順も絶妙だ。岡さんは外国で食べたものを、食材から調味料など全ての味を記憶して再現できるという。これにはびっくりした。音楽の才能と同じ現象だ。