6月号イラスト
イラストレーション:火取ユーゴ

山下洋輔の文字化け日記

第100回 2010.6月

亡国月決定日。「思い」という言葉を馬鹿が使うと国が滅びると言っているのに、ハトヤマを筆頭に政治家、メディアがたれ流しだ。結果、この国は滅んだ。おれは在日ジャズ民族でよかったよ。

馬鹿月作家日。日本作家のミステリーを読むのは、金と時間の損失で限りない悲しみを覚えるという者(G君)がいたがその通りで逆らえない。うっかり読みかけの本を忘れて電車に乗る羽目になった活字中毒者としては仕方なく、キオスクでテレビのサスペンス・ドラマの原作によく使われる作家のものを買った。テレビ画面の数々の矛盾、たとえば車に追われて逃げる人間が何故いつも道路の真ん中を走ってはじき飛ばされるのか、道路からそれれば殺人鬼は追ってこられないではないかなど、楽しもうと思ったら期待に反して「えー、いいのかよ」が続出だ。ほんの一例だが、誘拐犯の言う通りに車で東京駅に行って八重洲口で降りて指定の喫茶店に入って切符を受け取って、そのまんま東北新幹線に乗っちゃうのね。車はどうなるの? 八重洲口に乗り捨てなら、その車がどうなるのか書いて下さい。数頁後に何の説明もなく同じ車で家から出かけられちゃあたまりませんよ。これ、許せます? フォーサイスやパーカーなら絶対やらない腐脳行為ですよ。編集者は何故指摘しないの? 売れっ子の大先生にそんなこと言えないんだろうな。日本文化衰退の最先端の一例だ。

南ア月詐欺日。いやあーこれは興奮しましたよ。皆さん、聞いてください。発端は事務所に届いた一通のメールと添付PDFだった。開くと「2010年6月10日、南アフリカでの演奏にご招待」とあって、ロゴも立派な色つきのFIFAのもので用紙には模様まで入っている。「あなたとそのバンドを含む32グループが選ばれました。それぞれの国を代表してサッカー・シティ・スタジアムでその才能を披露する機会を提供いたします」つまりワールドカップのオープニング・イヴェントで演奏しろというのだ。あわてて読んでいくとギャラの所に、日本円にして1億2千万ほどの値段がユーロで書いてある。わおー、やったぜ!と喜びますか皆さん。あたしゃあちがいますよ。以前週刊誌で読んだ「アフリカ舞台の詐欺」をすぐに思い出した。「某国の新政府が財宝の処置に困っているので手を貸してもらいたい、ついてはここにいくら振り込むと何億になって戻ってくる。すぐに銀行口座番号を教えて下さい」のくちだ。教えると貯金が全部消える。これにちがいないと即座に判断した。

とはいえ、一応正式ルートを通じて確認してもらうことにした。スポーツライターでクラシック音楽とオペラに造詣が深いMT氏に笑い話としてお伝えし、もし可能ならご調査をと相談したのだ。するとすぐに日本サッカー協会に話が伝わり、国際部が南アフリカ組織委員会(メディア部門)に確認してくれた。やはりこれは公式な文書ではなく、違法な利益を狙う輩からのものと思われる、ということだった。

一方、事務所のG君は業務上の義務と考えたのだろう、手紙に書いてあった連絡先に電話をした。ところが誰も出ない。週末だったが、しかし、こういうものはあなた、週末だろうが何だろうが、即座に電話に出て「お待ちしておりました。ついては支度金が必要なので、今すぐこれこれの口座に百万円送ってください。それを確認して契約書をお送りします」となるのがスジだろうが。週末だから電話に出ないなんて、最低ナマケモノの詐欺師集団ですよ。

というわけでこれは面白い話に巻き込まれたシメシメと、こうしてご報告しているわけだが、今日になって何と第二弾のメールが届いていることが分かった。それにはヨハネスブルグ入りは何日で、リハは何日、場所と時間はこれこれ、本番は何日、ホテルは五つ星でスイートルームが用意されるなどと箇条書きにしてある。すげえ具体的なんですよね。しかし、ギャラの所の金額がどういうわけか1億2千万円から今回は8千万円に値下がりしているのよね。理由の説明はない。依然として直接の連絡はとれない。どうなってるんだろうなあ、これ。さあさあ、あなたならどうする!

梅津月泯日&CT。ピットインで梅津和時(sax, cl)、田中泯(舞踊)と三人で一晩やる。いやあ楽しかった。木幡和枝さんも来てくれる。二人ともセシル・テイラー先生の親友だ。そのCT先生が二回続けて公演をキャンセルをしたとのこと。体調がよくないのではないかという憶測がある。例によって電話には出ない。直接行くしかないかと心配したが、これは後日判明した。別件でニューヨークに行ったG君がドラムのフェローンに話すとその場で電話してくれた。するとCT先生本人が電話に出た! ブラザーからの電話は特別な音がするのか、あるいはテレパシーか。「15分後に電話する」と言って切れた電話はそのままかかってこなかったが、これこそCT先生の元気を証明するものだ。よかったよかった。