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muji . 2009.10 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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梅月酒日 CMで耳にする「梅酒の曲」を知らない日本国民はいないと思うが、産みの親をご存知だろうか。五十嵐真由子さんがその人だ。CM制作会社にいたころに作ってコンペで通った。今は転職され、現在は「楽天トラベル」に勤務。最近は「楽天トラベル」の音楽も制作したらしい。国立音楽大学パイプオルガン科出身という異色の経歴だ。国音、すごいでしょ? 今年のヤマノ・ビッグバンド・コンテストでもニュー・タイドが優勝して、とうとう史上初の三連覇をしちゃった。次にあのCMを見たら、皆さん、国立方面を向いて拝んでくださいね。ってなんのこっちゃ。

H月V日 ハイブリッド・カーの話題の時にHVをハイブリッドの略と思っていませんか。これはハイブリッド・ヴィークルの略でHVなのだから、HVカーと書いたら無知丸出しの大馬鹿者となる。大新聞にもHV車とあるのは微妙だ。大昔「Jazz: Hot And Hybrid」という本を読んで勉強したワタシが言うのだから間違いない。でもバイオリンが本当はヴァイオリンだという現象から、バビブベボをうっかりVで置き換えちゃう人も多いんだよね。下手したらブラック・ホールがヴラック・フォールになったりして。

デヴィッド月フリードマン日 ヤマハのクリニックで来日中のマリンバ、ヴィブラフォンの名手デヴィッド・フリードマンとデュオ。1970年代にヨーローッパのツアーでよく一緒になった。同じENJAレコードの所属でマリンバ&ヴィブラフォン同士のデュオ「ダブル・イメージ」は鮮烈だった。一晩同じ部屋で飲んで何だかんだと喋った記憶があり、それだけを頼りに全くリハ無しで決行された。江古田の「バディ」で会ってすぐに音交換交歓大好感。二回のステージの中でソロを二回ずつやり、後は出会い頭の即興音楽だ。途中「Green Dolphin Street」「I Remember April」「Take The A Train」などをどちらかが弾き始めるとそれを素材にまた二人で好き勝手放題をやる。いやあ楽しかった。札幌へのツアーの途中ではジャズ界のインサイダー情報交換も炸裂。札幌「メッセホール」では「Gmのパッサカリア」というのも出現した。終演後漫画家のマイスケが楽屋に来たので、頼むとさらさらとデヴィッドの似顔絵を書いた。デヴィッド大喜び。旧友の川村年勝も来ていて、打ち上げの模様などマイスケが後に四コマ漫画にして送ると、その才能に驚愕していた。


脳月科学者日ー1 脳科学者の茂木健一郎さんと東急文化村のカフェ内特別ステージで対談。本番前に「Bunkamuraの軌跡展」会場に入ると茂木さんがバレーダンサーの岩田守弘さんを紹介してくれた。ボリショイ・バレー団で、独自の役をこなして今や大スターの岩田さんとジャズ談義になる。一度ジャズの好きな人が弾くピアノでウォームアップしようとしたらリズムが変でどうしても身体が動かなかったという。驚愕と同時に共感した。それ程精密なものなのだ。ジャズと共演するにはどうすればよいかという話から即興の話になった。全くご経験がないとのことで、じゃあ、演出家は一切いない、自分がその場で決めて動く、その時に、右に動きたいか左に跳びたいか、回りたいか走りたいか、垂直ジャンプかバック転か(こんなのないか)、とっさに全部自分で決めて動いてみたらどうでしょう、それが即興です、などと申し上げた。あ、そうか、と一瞬合点された様子。それを 見て茂木さんが「わあ、すごい瞬間を目撃した」と言い、おれは「今、ジャズ黴菌を移しました」などと騒ぐ。大学でジャズを教えて十年以上経つので、だんだん言い方が上手くなったのかもしれない。お二人が出演しているNHKの番組「プロフェッショナル・仕事の流儀」のDVDを後に拝見して、いや、すごい方だとあらためて認識。岩田さん、失礼いたしました。


脳月科学者日ー2 本番は一時間半ノンストップのフリー即興トーク。フリードマンの時と感覚が同じで、ありとあらゆることをその場で自由に表現出来る。持っている技術才能感覚を総動員してその場で最良のものを選んで次々に出していくという即興の原理が実践されているようだ。以前茂木さんがコンガを叩いてフリーセッションをやった時に「音楽は聞くと同時に喋るのか」と発見されていた。言葉ではそういうことは起きない。では言葉で二人が同時に喋るとどうなるか、実際に同時に喋ってみた。お互いの間では何がなんだか分からなかったが、聴いている方々が笑い出すという現象が起きた。何かが伝わったのにちがいない。何が伝わったのだろうか。などという体験もあり、脳内旅行は幾重にも重なって気持ちのよい時間が過ぎていった。



「CDジャーナル」2009年10月号掲載
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