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muji . 2004.08 .
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. 山下洋輔の"文字化け日記"
イラストレーション:火取ユーゴ
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電月話日。電話番号を聞こうと104番にかけたら「代表と一般の番号があります」と言う。「どうちがうのですか」と聞くと「代表になっているものと、そうでないものです」ときっぱり答える。なんだこれは!

挨月拶日。最近はテレビ関係やコンサートの楽屋スタッフは、会ったとたんに挨拶がわりに「お疲れさま」と言う。気持ちが悪い。何時に会っても「おはようございます」のバンドマンの王道はもう無いのか。それなら最初は「おはようございます」で次からすれ違うときは「お疲れさま」はどうでしょうと、ケータリング嬢。いいや、なりません。「お疲れさま」は全部終わるまで口にしてはならん!って、本当にもう人と話せなくなるよ。

子月猫日。西荻「アケタの店」で久しぶりに小山彰太(ds)、林栄一(as)とトリオ。栄一さんの家の外猫に子供が産まれたらしい。どうですかと言われて、急に欲しくなる。後日、林英哲(あ、一字違いだ)さんとのリハの後、巣鴨のとげ抜き地蔵の近くの栄一さんの家に押しかける。これまで家の猫は全て照明家の関根さんのところから来ていたが、ちょうどリハに立ちあっていた関根オユキさんが車を運転して一緒に来てくれることになったのも天のお導きだ。猫篭をもって合流した家内ともども小猫を鑑賞し、三毛猫をもらって車で戻る。途中、吉祥寺の駅に、わざわざ新参の小猫を見に関根イチロウさんも出て来るというこの状態、猫好きの方々には分かっていただけるだろうか。そのまま夕方ラッシュの中央線に乗る。ノラの子なので今いる猫への感染が心配と、まずは獣医さんへと急ぐ。途中で車内に異臭が立ちのぼって、これすなわち小猫の脱糞。非常に臭い。まわりの皆様に「私ではありません」と言うわけにもいかず、ひたすら我慢。病院に飛び込むと、「これは一度あずかります」とのご託宣だった。翌日電話すると、体内にはカンピロバクターとかトキソプラズマなどという格好いい名前の恐ろしいものが巣くっているので、その駆除に一週間かかると言われる。やがて退院の日、いやあ可愛いの何の。しかし、細菌にちなんでピロちゃんと名づけたその小猫を連れて帰ると、先住猫のアーちゃんが怒った。猛獣のうなり声で威嚇し、そのままブチ切れて二階に駆け登る。小猫はケージから出すとそこら中を飛び回り、胸によじ登ってきて耳に息を吹きかけ首筋をかじる。これはたまりません。二階に行ってアーちゃんにあやまろうとすると、問答無用で引掻かれる。痛てててててと言いながら下に戻って「おお、可愛い可愛い」二階に行って「アーちゃん、ごめんごめん、痛ててててて」下に戻って「おお、可愛い可愛い」これどうなるの! 対処法知っている人、教えて。

巴月里日。恒例のパリ日本文化会館での日本ジャズ週間。最後の二日間は「パシフィック・クロッシング」プロジェクトで、NYトリオ+歌舞伎プレイヤーの藤舎名生さん(笛)、仙波清彦さん(perc)でやる予定だったが、渡仏直前に藤舎さんのお父上が亡くなられた。代役は不可能と思えたが、ここで天啓到来。旧知の笛吹き男が、今年から南ドイツの大学の先生をしているのを思い出す。その天田透君には、マル・ウォルドロンのグループのフルート・プレイヤーとして来日した時に会った。ジャズ、クラシックの他にも、土中から出土した千年以上前の日本笛を復元して即興で吹いたりする人だ。すぐに連絡し、その笛でやってくれと頼んだ。こちらのやることは熟知しているので話は早い。7時間のドライブでパリのリハに来てくれた。本番は紋付き袴姿でお願いする。何とか調達出来たが、ドレスリハの途中で、時には床すれすれになる平蜘蛛奏法で熱演する長身の天田君の襦袢がはだけて、乱心の浪人者の姿となったので全員爆笑。二日間が無事終了し、打ち上げでは、聴きに来ていたピアノのカーク・ライトシーに得意のフルートをやらせて、自分はバスフルートを吹くというショーが出現した。数々の笛吹き者とつきあってきた仙波さん、「やはり笛吹きというのは、皆、変ですね」と結論。

独月逸日。旧友ホルスト・ウェーバーを訪ねて夫婦で南ドイツ、バイエルンの山麓の町ガーミッシュ・パルテンキルシェンへ行く。予約してもらった宿舎は、窓からツークシュピッツェというドイツ一高い万年雪の岩山が見える小川のそばの一軒屋。パン屋で朝早くおいしいパンを手に入れ、テラスで朝食。鳥の鳴き声がすごい。トゥリ、ルリ、ルリ。ケチョ、チョ、チョ、チョ。チョパ、コチャ、コチャ。アカペラ、ペラ。グリス、グリス、グリッサンド。と素晴らしい跳躍音程で歌いまくる。これじゃあ鳥にもかなわないと思う音楽留学生がいても不思議はない。しまいには、ケレ、チョコ、チョコ。チョト、チョト、チョト。コチョ、コチョ、コチョ。チョト、オネエサン。カム、ウイズ、ミー。などと誘う奴もいて、やはりこの押しの強さは独特だ。



「CDジャーナル」2004年8月号掲載
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