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muji . 2003.05 .
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. 山下洋輔の"文字化け日記"
イラストレーション:火取ユーゴ
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函月館日。春恒例の函館ソロピアノ。前夜、ジャズ喫茶「バップ」に寄る。25年以上前にライブをやった店で、マスター、マダム共々話が尽きない。昔の写真が続々出現。富樫雅彦のを見て盛り上がり、その場から富樫宅に電話をして騒ぐというバンドマン行動になる。函館山頂上の展望台にある会場は舞台の後ろのカーテンが開くと、夜景が絵葉書そのままに眼下に広がる。12回来て晴れの確率は八割だったのだが、この日はついに有視界飛行はならなかった。富樫が1月のリサイタルの為に書いてくれた「My Wonderful Life」もやる。あまりにきれいな曲なので、富樫の許可を得て、英語の歌詞を歌手の上山高史さんに付けてもらっている。完成間近だ。コンサートはHBCラジオで全道に生中継された。折角だから訪れた北海道の町の名前を全部言ってお礼を言いたかったが(ほぼ三十箇所)、以前に小樽の大きなフェスで「釧路の皆さんこんにちは!」と叫んで大顰蹙を買い、以後、小樽からお呼びがないという事実をかんがみて、粗相があってはならぬと、控えた。

次郎月吉日。高円寺「次郎吉」。マスターのABOこと荒井誠さんはディジュリドゥというマオリ族の奇怪な巨大楽器を吹く。ヤヒロ・トモヒロ(perc)、片山広明(ts)と参加。唯々ディジュリドゥディジュリドゥディジュリドゥディジュリドゥとうなりまくる低音の上で、全員でインプロ。これが面白い。不思議な反応がわき上がる感覚が貴重だった。

ピット月イン日。これまた特別マッチメイク編で、中村達也(ds)、大友良英(g)、片山広明(ts)。全く何も決めずに始める。今、日本で一番客を集めるドラマーと言われる若き中村氏が、新感覚全開でがんがんリードし、時には電気ドリルでギターを弾きまくる大友ワールドも炸裂。片山、山下は次郎吉に続いてのジャズタッグで、ワンセット一曲の即興音楽に参加した。いやあ、新鮮なる激突。フリーミュージックの原点を再確認。長く聞いている伊達政保さんが「久しぶりに端正でないヤマシタを見た」と喜んでいる。確かに、なり振り構わずタタカイました。


秋吉月台日。林英哲さんとの春の陣十七番勝負の六戦目を倉敷で終え、次の下関での単独仕事までの休日を、秋吉台近くの国際芸術村で一人合宿に当てる。山中に突然現れる白亜の宮殿だ。護送してきたG君が、二日後に収監に来るといって去る。ベッドも食事もセルフサービスで、その日は泊まり客はおれだけ。百人以上が座れる天井の高い修道院のような食堂での夕食もおれ一人。ナイフとフォークが皿に当たる音がグワーンと響く。あ、あれにそっくりだ。「2001年宇宙の旅」で宇宙飛行士が虫のように飼われて老いていく場面。そういうシチュエーションと諦めて、朝の九時から夜の十時まで外の見える広いガラス張りのスタジオにこもった。5月のNYトリオの曲の構想、下関で子供達と共演する曲の練習、指練代わりに触るソナタ集、最近の自分のライブ録音、ロバート・B・パーカーの文庫本、などを気ままにハシゴしていると、たちまち夕食の時間になる。夜練もする。夢うつつの時間が過ぎ、やがてある日の午後、収監人が現れて車で下関へと護送された。


下月関月。地元の子供たちとの交流がテーマの音楽祭で、ソロのあと第二部が「本村小学校平家踊りを受け継ぐ子の会」、第三部が「東部中学校吹奏楽部」との共演だ。後者は「茶色の小瓶」と「イン・ザ・ムード」、それに「ラプソディ・イン・ブルー(ノーカット完全版)」で、驚くほど水準の高い楽団だった。一方、「平家踊り」との共演には準備が必要だ。どこでどう共演するか。三味線、唄、太鼓。本来はこれに踊りが加わる盆踊りだが、今回の舞台では踊りはない。もらった録音から、取りあえず三味線を採譜し、フレージングを探った。ATCGACTGGCTGCTAGなどと続く遺伝子連鎖を区切って意味のあるものに読み直す作業と同じだ。「あ、ここからが節のはじまりだ」「あ、ここに余分な一拍が入るんだ」「これでワンコーラスの反復が成り立つ」などと発見した。それをもとに子供たちに、唄の歌い出しの前に繰り返しのバンプをやってくれるように頼んだ。移動ドで「ソソレミ、ソソレミ、ソソドラ、ソソレミ」という恰好いいフレーズがあるのだ。その箇所で存分にアドリブをやって無事共演達成。いやあ楽しかった。三味線4名、唄5名。太鼓6名。男の子も女の子も、衣装を付けて民謡を歌うと、可愛く、何百年も前からそのままの気がするが、家に帰れば皆モー娘を見ているということを忘れてはならない。平家踊りの太鼓は、各楽器ごとに奏者のいるオーケストラ方式ではなく、太鼓2個、樽1個のセットが3組あって3人が同じ動作で叩く。ドラムセットが3台あるのと同じだ。そして、この太鼓のリズム、送ってもらったサンプルは採譜できたのだが、実践でのサイクルの仕方が最後まで分からなかった。後日、指導の大人の方々の演奏を送ってもらって、真相を解明することにした。日本の音楽は深いですよ。


「CDジャーナル」2003年5月号掲載
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