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muji . 2002.11 .
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. 山下洋輔の"文字化け日記"
イラストレーション:火取ユーゴ
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 これが出る頃には、米国のイラク攻撃がどうなっているか分からないが、いやまあ物騒な世の中だ。NYでのテロ事件以後の米国の変わり方を「年号が変わった」と喝破したNY在住の日本人の知人がいる。天皇制が敷かれたと言えるわけで、誰も表立って文句が言えない。なにしろ「If you are not with us, you are a terrorist」なんだから、たまらんよね。ところで、米国はオウムをテロ集団に指定している。そうなると、ビン・ラディンじゃなかった、組織の幹部が住む京王線千歳烏山駅付近のアパートを正体承知で貸している家主はタリバンだから、いつ空爆されても仕方ない。地上戦になったら千歳烏山の住民は全員難民となる。気をつけましょうね。


鎌月倉日 鎌倉芸術館の大ホールに2日間立てこもって、林英哲のヴィデオ、DVD、CD制作に参加。今回はデュオのプロジェクトで「ボレロ」を含む6曲を収録。撮影チームが張り切って計60人のスタッフを投入したので、クレーンは舞うはレールはのたくるはの修羅場となる。録音用の本番と遠景ショット用に1曲につき2回ずつ演奏する。英哲さんは映像用テイクでも絶対に手を抜かないから、これはコタエました。来年2月に発売とツアー開始。乞うご期待。

短月波日 日本短波放送のBSラジオで「知・遊ing」という番組のホストをしている。約1時間のおしゃべり番組で、日ごろ会いたくても忙しくて会えない人に仕事だという理由で来てもらえるという利点がある。プロデューサーの小西勝明氏の人脈もあって1回目はタモリ、その後も上山高史、村松友視、鴻上尚史、綾戸智絵、山口昌男、徳丸吉彦、吉行和子、西江雅之、茂木大輔、筒井康隆、小林千寿、渡辺香津美、高平哲郎、与那原恵、玉木正之(出演順・敬称略)という面々が現れてくれた。今日の1本目は作家の奥泉光さん。最近「鳥類学者のファンタジア」という素晴らしい作品を書いた。魅力的な女性ジャズピアニストが時空を越えて駆け回り、最後は40年代のNYは「ミントンズ・プレイハウス」に現れて、モンクに代わってピアノを弾きまくり、ローチ、デイヴィス、スティット、ラッセルとセッションをする。それを途中から入って来たチャーリー・パーカーが聴いて...と、もう至福の瞬間、やりたい放題。これはちょいと来てもらってお話を伺わねばと、尋問室、じゃなかったスタジオにおいで願った次第だ。2本目は、ご存知、南伸坊さん。オニギリ顔の謎から学問探究まで爆舌全開。元祖顔真似人間としての最近作は「たまちゃん」だって。色紙にサインをするついでに、ささっと似顔絵を描いてくださった。これは貴重! アシスタントの榎本麻子嬢、可愛らしい顔が一層可愛らしく描かれて、大喜び。

芸月大日 東京芸術大学の夏期集中講座に、香取良彦氏が登場。これまで油井正一さんがジャズの歴史の講義をされたことがあるが、ジャズの音楽理論の講義が初めて芸大で実現した。ジャズコースのある洗足学園大学で作曲を教える西岡龍彦先生が、芸大で新しく音楽環境創造科を立ち上げ、洗足で知りあっていた香取氏に声をかけたという経過。最終日に助っ人で呼ばれて、香取氏とデュオやソロや話をする。学生約300人。夏休みにしてこの数は快挙。

驢月馬日 ご近所にある村山雄一氏設計の名物のキノコ型家屋「ロバハウス」で、セミナーに参加。民族学者の江波戸昭先生、チェンバロ奏者のくわ形亜樹子さんと一緒に鍵盤楽器の話と実演をやる。主催のロバの音楽座とは長いつきあいで、貴重なアイディアをいつもいただく。「クルディッシュ・ダンス」のリズムもそうだ。主宰の松本雅隆氏がハーディガーディ、上野哲生氏がサントゥール、富田りぐま嬢がポルタティーブオルガンを弾いて紹介。くわ形さんの話で、鍵盤楽器の演奏に親指を使うようになったのが最近であるとか、以前は鍵盤楽器でも微分音を含んだキーが12以上たくさんあったとか、今日弾いてくれたスピネットの調律だとCやGやFはいいが、Abになるともう三和音が滅茶苦茶に汚なく聴こえるなどは面白かった。オクターブを12に分けるとどこかに音程のしわ寄せがくるわけで、それをヒンデミットは「ゴミ」と呼んだらしい。純正調などだと、そのゴミはひとまとめにAb というゴミ箱に捨てられるわけだが、十二音平均率だとまんべんなくすべての鍵盤中にまかれる。鍵盤楽器の発達が微分音を消し去った悪の元凶と納得。第2部でソロ・ピアノ。アンコールでは全員登場。江波戸先生も打楽器で参加してフリー・セッションをやる。終演後はメンバーの宮田まふみ嬢、長井和明氏も一緒にワインで食事。幼児の頃、おれの「ボレロ」で踊り出した松本家の長女の野々歩ちゃんは、いまは高校一年生。ブラック・コンテンポラリー風髪形で決めている小レディだ。月日の経つのは早い。あ、今回、枚数が尽きるのも早かった。




「CDジャーナル」2002年11月号掲載
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