. | . | . | . | . |
. | 2002.03 | . | ||
. | . | . | . | |
. | イラストレーション:火取ユーゴ |
. | ||
皆さまは街頭でのビラ配りの人々にいかが対処されておられますか。あれ実に煩わしいと思うことがありますよね。遠くに5、6人固まっているのが見えると道を変えたくなるけど、駅に向かうのでそうもいかない。なるべく荷物を重そうにもって両手をふさぐようにしたり、顔もなぜか辛そうにゆがめて、歩く足取りもわざとよたよたにしてみる。そうやれば見逃してくれるかと思うのだが、これが駄目なんですね。平然と押し付けてくる。どうやって受け取れというの。口でくわえるしかないじゃないか! このように悩むある日、新宿の靖国通りですごいものを目撃した。ビラ配りのお兄ちゃんがまとわりつく。受け取らず黙って進行する通行人男。なおもビラをさし出すお兄ちゃん。と、その時、通行人男がいきなり強烈な回し蹴りをお兄ちゃんに見舞ったのだ。 お兄ちゃん苦痛の表情と共によろける。ところが、それで怒ったり諦めたりしないのがすごいところだった。気を取り直してまた同じ男にまとわりつく。後を追いかけ、前に回り、ぺこぺこしながらなおもビラを差し出した。この行動の動機の元にどういう思想信条があるのかサダカではないが、回し蹴り男には一切通じなかったことは確かだ。今度はさらに強烈な前蹴りが放たれた。ビラ配りのお兄ちゃんはたまらず仰向けに倒れる。男はその姿を見ようともせず、そのまま歩いて人込みに消えた。パンチパーマにジャンパーにブランド物のセカンドバッグという筋っぽい外見だったが、まったくの無表情でただ歩いて行くという態度はなかなか不気味だった。 滅多にないことだろうが、こういう奴もいるから、ビラ配りの方々は気をつけましょうね。お前は内心快哉を叫んでいるだろうって?いやいや、マジで同情しましたよ。煩わしいのは確かだけど、黙って蹴り飛ばすのはちょっと短絡だよね。せめてひと言お断りして蹴るとかね。 つーわけで、年末年始はただただ作曲の時間だった。1月11日のオペラシティーでのニューイヤー・コンサート「超室内交響楽」が終わるまでは正月は来ない。すべての行事に不義理をして自宅カンヅメに励んだ。五線紙をコートのポケットに入れて早朝に近くの多摩川上水沿いに30分程歩き回る。この時間にアイディアがまとまることが多い。それから家で実際の楽譜書き作業をする。気がつくと夕方で、もう頭は朦朧。食事をしてちょっとだらだらして寝てしまう。酒はご法度にしてある。朝の3時に起きて作業を始め、夜があけると、散歩に出てまた同じ日をくり返す。 リハ開始の日には半分以下しか譜面が出来ていなかった。4日間のリハの最終日にようやく全貌が見えるという綱渡り。最後の4日間は3時間寝られれば良いほうで、もうかえって不眠ハッピーというか、半眠半覚醒の非常に気持ちの良い涅槃状態が出現した。 メンバーは金子飛鳥(vn)、吉野弘志(b)、八尋知洋(perc)の強力ジャズ仲間に、N響から、神田寛明(fl)、加藤明久(cl)、井上俊次z(fg)、小川正毅(hr)、茂木大輔(ob)という名人たちに集まってもらっているので、これも身がすくむ。チケット完売もプレッシャーの源だ。しかも、来年もやると予告を打たれてしまったから、「どうせ二度と来ないんだから適当にやって逃げちゃえ」というワルバンドマンの手口も通用しない。しかし、こういうせっぱ詰まった状態のメリットは、まず第一に「とにかく音が出た」だけでめでたく、「止まらずに完奏できた」なら「快哉」となる点だ。これに「今まで聞いたこともない面白い曲だった」「全員思う存分やりきって大満足」とくればこれはもう存外のシメコのウサギだが、さてどうなっていたか。 「Chamber Rhapsody」、「Super Chamber Symphony No. 1」の2曲の新作を含む計6曲を本編で、アンコールでは「575」を演奏した。NHKハイビジョン放送が収録。将来CD製作の予定もありということで、中身の確認はこれで出来る。皆さまもどうかお楽しみを。 次の日には、生きてこの日を迎えたら必ず来ようと予約してあった西伊豆の温泉に転がり込んで、一日中死んでいた。あらためて生き返ると、当たり前の出来事が、すべて新鮮で楽しい。仕事の時間は、歩くのも食べるのも、テレビをぼんやり見るのも、新聞を目にするのも、すべて何かを作るための影のような時間だった。それが今は全部楽しい。ま、すぐにまたそれだけでは退屈してなにか苦労を探し求めるのだろうが、とにかく今はそうだ。数日後に出会った駅のビラ配りの方々もそうだった。なぜか限りない親近感を覚え、もっとちょうだい、もっと押し付けて、と両手にいっぱいのティッシュとチラシをもらって喜んでいる。 「CDジャーナル」2002年03月号掲載 |
. | . | ||
. | . | . | . | . |
|