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. | イラストレーション:火取ユーゴ |
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5月16日 パリ。練習のあとこちらで作曲を勉強中の藤七瀬の案内でパリ一番という鴨料理の店に行く。普通のがやがやしたブラッセリーだが、大当たりで、皮の焼き方、はらりと取れる肉の味付け、カラシ、店の赤ワイン、すべて超美味。パリでは危険肉問題はまったく見えず、鳥以外にも牛豚羊なんでも食べている。日本文化会館での「ジャズ・イン・ジャパン」シリーズが昨日からはじまっている。金子飛鳥(vn)、吉野弘志(b)、八尋知洋(perc)で開幕し、今晩の出演は三好吉郎(g)、坂井紅介(b)、仙波清彦(perc)。 5月17日 パリ日本文化会館。ソロとデュオ。共演相手はスティーブ・レイシー(ss)。アンコールは即興フリー音楽で聴衆に挨拶しようというレイシー流が健在で嬉しかった。 5月18日 映画のメーキャップ・アーティストの枠を越えて命名不可能の創造活動を続けるレイコ・クルック宅でブランチ。レイコさんは日本映画「愛を乞う人」のメイクもやって、あの映画は数々の賞を取った。ちょうどおれが音楽をやった「カンゾー先生」と同じ年で、日本アカデミー賞などなどで対決し、色々と持って行かれたのだ。田舎直送の鴨の手料理。素晴らしいソースと焼き具合で、食べる手が止まらず、話もつきず、リハをひかえていたがワインもチーズもサラダも戴いてしまった。連日の鴨攻めですっかりおフランス流になってしまったか。今晩の出演は国分弘子(p)、八尋洋一(b)、岩瀬立飛(ds)。 5月19日 日本文化会館。金徳洙、金子飛鳥という、東京、ソウルと同じメンバーだが、おれがホストのプログラムを組んだ。パリでやる「ジャズ・イン・ジャパン」のゲスト・プレイヤーに韓国の国民英雄的音楽家が登場するという意義を味わう。ドクスさんのソロも紹介し、アンコールでは踊りが出て、最後は客席総立ちとなった。これはあまりないことだとレセプションで磯村館長がスピーチ。 国がらみの文化政策では、ドクスさんはスミソニアン博物館に持っていかれた韓国の歴史的宝物を演奏と引き換えに取り戻したことがある。こういう取引きが出来る政治家は日本にいないのか。 5月20日 良い天気の中をセーヌ川沿いに歩き、親戚のヒロミの家に行く。ヒロミ・ベルジローはフランスの首脳が日本人と話すときに必ずついている通訳。ご主人の故郷のブルゴーニュ地方の素晴らしいワインでお昼を食べながら、サミットなどでの各国首脳の様子を聞く。非常に興味深い話が色々あったが、「書かないでよ」と釘を刺された。守秘義務があるのだ。可愛い娘さんが二人。大学受験を控える次女の話から哲学の試験問題の話題になる。「ノーということは考えることか」「すぐに消えるものに価値はあるか」「言葉はすべてを伝えられるか」などに答えて論文を書くのだそうだ。やはりちょっと違うなあ。時々通訳してもらって眺める親娘四人の様子はフランス映画そのものだった。 5月22日 ドイツ・ケルン。朝七時過ぎに起きてタクシーでケルン駅へ。アーヘン行きに飛び乗り、駅でホルスト・ウェーバーと会ってロバート・ウェンゼラーの墓参りをする。車椅子暮しだったロバートはホルストの親友で、尊敬すべきジャズのサポーター。27年前に初渡欧した時からおれたちは彼の家に転がり込むなど世話になった。広い墓地で一時は場所を見失って途方にくれたが、年代順になっているドイツ的区画整理のお陰で目指すお墓を発見。駅で買ってあった花を供えて黙とうする。 そのままベルギーの放送局のインタビューへ向かう。そのオイペンという町はホルストが少年時代を過ごした場所だった。ベルギーに住むドイツ国籍の一家。ナチスの侵攻。父親の徴兵と脱走(!)、自宅に潜む日々。連合軍による開放。スパイ容疑と釈放。ナチスの将校が下男のふりをして住んでいた屋敷の母屋に一家で住む。妹の手を引き食料を求めて米軍基地に行き、そこでジャズに出会う。などなど、本一冊分の話を聞いた。 市街戦の目撃談もあった。今おれたちが立っているこの小さな三角地帯に3人の若年兵がバズーカと共に残された。待ち受ける彼らの前に、角を曲がって連合軍の戦車隊が姿を現す。バズーカが火を吹き先頭の戦車が吹っ飛ぶ。2台目から降りてきた米軍将校に向かって、横丁から別のバズーカが発射された。戦車ではなく人間を狙ったのは怨念からか。将校は粉々。小さな肉片がそこら中の壁に飛び散った。その間、ジープが回り込んで横からの射撃で三人を撃ち殺す。この一部始終を11歳の少年ホルストは横丁を走り回りながら見ていた。父親が毎日来ていたというバーが当時のままの姿である。そこに入り美味しい地元ビールを飲んだ。外では陽光の中に街が浮かび上がっている。 「CDジャーナル」2001年8月号掲載 |
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