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muji . 2009.08 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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読月本日 「山下洋輔読本」というすごい研究本をこのCDジャーナルを発行している音楽出版社が出してくれた。ありがとうございます。昔の自分の文章は赤面モノもあるが一切手を加えなかった。対談もそうで言葉遣いが失礼で気になるところもあったが直さなかった。その頃の「空気」というやつを感じて下されば幸いだ。

本月本日 この時期一気に本が押し寄せて、この「文字化け日記」の2001年から2008年までが文庫化され、同時に「蕎麦処 山下庵」がいずれも小学館から出た。前者は茂木大輔氏の解説、後者は強烈な個性の論客三十人の蕎麦論が美味しい。読本ともども是非お試しください。発売記念トークショーを両方の本に登場する茂木大輔氏と青山ブックセンターでやってきた。敵艦の爆雷攻撃に脅えるドイツ潜水艦の乗組員、というのを完璧な擬音入りで演じる茂木大輔に爆笑して、あらためてそのマルチ才能に敬服。

反月応日 文字化け文庫本に早速ウルサい親戚が反応。デタラメフランス語はまだあると。一、「ポントワッテ・ジュ」(目玉焼き)。二、おフランスではコンビニのことを何というか。「セ・ボーン、イ・レ・ボーン」(C'est bon, il est bon.)だって。アコちゃん、香苗ちゃんありがとう。

一月柳日 一柳慧作曲「ピアノ協奏曲第4番JAZZ」を世界初演。横浜開港150周年記念行事の一環でもある。一年前にお話を聞いた時には「ピアノパートには音符を書かないでください」とお願いしたのだが、それは六カ所の即興パートなって実現した。しかし、他はびしりと書いてあってそれらの音符を体にしみ込ませるという日々を過ごしていた。スコアに「Yamashita ad lib」と名指しで書き込んであるのはオソロシくも光栄だ。全二楽章の最後のところには「Yamashita Violent ad lib」とあってフォルテ記号がffff。これは「あれをやれ」と言って下さっているのだなと勝手に決めて、やりましたよ、あたしゃあ。そうやってフィニッシュし、汗だらけで藤岡幸夫マエストロ、コンマス石田泰尚氏と握手し、一柳先生をステージにお迎えし、何度も拍手に応え、やがて当日出演された雅楽の伶楽舎、ヴォーカルアンサンブル・ヴィクトリアの皆さんと共にカーテンコールをやった。

打ち月上げ日 そのまま楽屋ロビーで内輪のシャンペンパーティ。XUXUや挾間美帆ご一家の顔も見えてニューイヤーの記憶も甦る。そういえば今日のアンコールはピアノソロから始めてその中で「キトクロ」の節を弾いた。それが一柳作品のブギウギ・パートにつながり最後はオケと共にジャズ終止を決めたのだった。作曲家でピアニストで一柳研究家でもある中川賢一氏が来てくれたのは嬉しかった。「出だしで三和音(Am)が響く一柳作品は聴いたことがない」とおっしゃる中川氏は「出来るだけ強く速く疲れて出来なくなるまでピアノを弾く」という一柳作品を実行し、小学校公演でもやって見せるというツワモノだ。面白く刺激的な「現代音楽」や「前衛音楽」はまだあると強く信じたい。

英月哲日 林英哲さんと久しぶりにデュオ。一柳作品に捧げていた頭と体をさらに英哲さんの太鼓でタタキあげてもらうという、またとないグレードアップ期間になった。英哲さんには前述の「蕎麦本」にも出ていただいているが、そこにはお寺のご住職の父上が畠から育てた蕎麦を大晦日に打ってヤマドリのダシ汁で食べさせてくれたという記憶が綴られている。その後に除夜の鐘を打つ。蕎麦話で究極に強いのは信州人で「裏山に住むおばあちゃんが気が向いた時に打つ蕎麦が一番美味い」と言われて敵わなかったが、この英哲さんの文に接して、その時ばかりは「お坊さん対信州人、鐘突き打ちでお坊さんの勝ち」とわめいてしまった。

梅沢月由香里日 下手の横好きという言葉がこれほど自分に当てはまるものはないのが囲碁だ。その自分が、現在囲碁の女流棋聖のタイトルを持つ王者で同時に誰が見ても美しく可愛いい梅沢由香里五段に指導碁を打っていただけることになった。これはアマチュア・ジャズプレイヤーが、マイルス・デイヴィスと演奏出来るのと同じですよ。指導演奏の中でせめて数音でもいい音を出してマイルスをニヤッとさせたい。事前に碁敵の高原氏と星氏に同じ七目のハンデで練習させてもらったが、相手は定石を打ってくれずに勝とうとするので、さすがに七目ではこちらが勝ってしまう。それならってんで六目、五目と石を減らして本気になってくるがそれでもこっちが勝つ。これでは全然練習にならないっての。
 本番は夢のような時間でありました。綺麗な指先から放たれる一手一手に何とか応えて石を置いていく。正にジャムセッションです。「梅沢由香里を一回でも前かがみにさせろ(真剣に考えさせろ)」という命令が碁敵から出ていたが、さてどうだっただろうか。「月刊碁ワールド」8月号でお確かめください。



「CDジャーナル」2009年8月号掲載
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