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muji . 2009.05 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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ニャ月ゴヤ日ー1 名古屋駅のキオスクで紙箱に入った「みそ手羽」というものを発見。「みそで一昼夜煮込んだ名古屋食文化のおつまみやげ」だって。試しに買って車中で食べたら結構なヒットだった。ビールにぴったり。但し、ねちゃねちゃしているので食べ方にコツが必要でそれが図解されているのがニャゴヤ的か。他にも周知の名古屋食文化がある。味噌煮込みうどん、ひつまぶし、味噌カツ、エビフリャア、手羽先、きしめん、ドテ煮、ういろう。さらにネットで見たら、カタパン、しるこサンド、おでんの缶詰め、あんかけスパゲッティ、赤みそキャラメル、八丁味噌アイス、赤味噌カツバーガー、八丁味噌ソフトクリームなど面妖系が全開だ。あとテレビでやっていたのは、すがきやラーメンで、ここはデザートにソフトクリーム以下甘味が勢ぞろい。これを食べるのが全愛知県民にとって常識の食文化だそうだ。本当かなあ。

ニャ月ゴヤ日ー2 本当かどうかでは以前に、名古屋人は喫茶店でホットミルクを頼む時に「ねえちゃん、ぬくてゃあウシのちち、まえんかね」と言うとか、「えりゃあ、どえりゃあ」のあとに「もえらげにゃあ」という最大級があるとか噂していたのだが、後者に関しては名古屋生まれの物書き関係者から「そういう三段活用は一切ない」ときっぱり撃破された。前者はあるらしい。

達月郎日 ニューカルテットのドラマーの小笠原拓海が山下達郎のバンドでやっているというので「本当かよ」と見に行ったら本当だった。全く違う難しさのあるそっちの音楽世界で、どうやらしっかりつとまっていて、ドラムソロも受けていたのでほっとする。今どきの若え奴らは異次元交流が平気で出来るのよね。ま、よかったよかった。そっちのツアーが終わったらまた掴まえにいきます。

N月Y日ー1 NYトリオのベースのセシル・マクビーの結婚式に出席。ダウンタウンの市庁舎の一画の建物でなんと何十組が次々に手続きをしている。ウェディングドレスの花嫁がそこら中にいる。日本での自動車免許証交付の光景を連想してしまった。カップルが番号を呼ばれ、書類を出し、順番に小部屋に入ってそこで宣誓して指輪を交換してキス。費用は20ドル。これなら知りあってすぐに「結婚しよう」って言えそうだ。続くセシルの自宅パーティにはドイツから来ている花嫁のご親戚多数も出席。まだ若い花嫁ステファニーが友人のカヨさんのエレピで歌う。成田の免税店で買ったオミヤゲの芋焼酎「薩王」を出すとこれが大受け。後のメールで「皆が絶賛だった。まだ効いている」と伝えてきた。さすがシュナップス王国のドイツの方々は焼酎の味が分かる!

N月Y日ー2 1985年の初対面以来の友人でNYのコーディネーターをやってもらっているリッチー・オコンは「ブルーノート」のフロアマネジャーを何度もやっている。キース・ジャレットが自分の店に出ているのに、近くの「スイートベイジル」でやっているおれの様子を見に抜け出して来たりする男だ。ちょうど非番の日なので夕食に誘った。「紐育ニューヨーク・歴史と今を歩く」という本の著者で友人の鈴木ひとみが推薦するヴィレッジのステーキ屋「ニッカボッカ」に行く。名物の超巨大なTボーンステーキ目当ての客で満員だ。ヒノやカズミの仕事で日本にも来たことのあるリッチーとの昔話やジャズ界トピック話はつきない。しばらく前にブルーノートに3週間ぶち抜きで出た人気トランペッターのクリス・ボッティが、毎ステージ、つまり6日間2セットの12回×3の計36回のステージで、曲目もアドリブもMCも全て寸分たがわず同じだったという話は面白かった。NYのジャズクラブのレギュラーになると入れ替えありで6日間12ステージを毎日連続でやる。そのプログラムをどうするかは大きな問題だ。同じ曲目をやり続けて、毎回アドリブを深めていくのもあるし、毎セット曲を変える人もいる。一週間全セットで一度として同じ曲をやらなかった人(トミー・フラナガンだったか)もいるとリッチーはいう。こうなるとその人の「思想」だ。おれは、お客さんの「あのバンド昨日聴いたけどよかったよ。**という曲は絶対聴くべきだ」などという会話を想定して、なかなかプログラムを変えられないタイプだ。ワインと巨大肉に満足し、デザートと共に以前にリッチーに教えてもらった幻のブランデー「デラマイン」を注文して陶然となる。そのままドラムのフェローンが今晩やっているブルックリンの小劇場に向かう。

N月Y日ー3 セシル・テイラー先生と連絡がとれて自宅にお迎えに行く。そのまま近くのイタリアンレストランで食事。先生の飲み物はシャンペンと決まっている。サックスの長老ウィル・コーネル・ジュニア、合流したフェローンが連れてきた若者トランペッター共々、セシル・テイラーの口から次々と放たれる言葉を音楽のように浴びて陶然となる。
 たった3日間のNYは相変わらずインスピレーションのぎっしりつまった魔都だった。



「CDジャーナル」2009年5月号掲載
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