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muji . 2008.11 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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半魚月人日 電車で隣の席に座った人が猛烈に魚臭い。立派な紳士なのだが、なぜか強烈な魚臭を放っている。折角座れているし荷物も多いからこのまま東京駅まで我慢しようと思ったが、ついに耐えきれず途中の駅で混んでいる特急に乗り換えた。あれは大アマゾンの半魚人が変装していたんですね。人類滅亡を企む半魚人連合の中央線侵略視察密偵報告諜報団の一味にちがいない。



破月壊日 赤塚不二夫さんの「これでいいのだ」だが、あれは目茶苦茶をやって世の中ぶっ壊した奴がやけっぱちで言う言葉だ。何もしていない奴が現状肯定の意味に使うな!



亡国月言葉日 一つの言葉で国が滅ぶ。「思い」という言葉だ。テレビのキャスター、コメンテーター、ゲスト、新聞の用語などメディアは全部汚染されいて、政治家、スポーツ選手、芸能人のインタビューもすべてこれだ。「どういう思いで?」嘔吐です。「思い・想い」は文学者が細心の注意をもって使う時にのみ存在が許される高貴な言葉だ。今、安易に使われている「思い」は、気持ち、希望、感想、意見、意図、作戦、計画、決意、主張、策略、効果、謀略、構想、後悔、激怒の理由、激笑の理由、などなど全部言い換えられる。ちゃんとそう言って欲しい。そうしないと国民全員思考停止のナアナア・アイマイ・何となく流行っているからいいかというオモイ菌に汚染されて脳死人間になる。政治家も馬鹿面して「という思いをお伝えして」だの「国連の思いにそって」だの「何々したいなあ、との思い」などとほざく。馬鹿でしょこれ。こういう奴らが「国の顔」とは耐えられない。今すぐ革命とクーデターが同時に起こっても驚かないよおれは。インタビュアーやライターもほとんど汚染されている。絶対に使わない「思い」という言葉がインタビューのリライトに入っているんだよね。頼むよもう。



夜月露日 年に一度の岩原作曲合宿で、来年の東京オペラシティ・ニューイヤー・コンサート「茂木大輔プレイズ・ヤマシタ・ワールド」で発表予定の交響詩「ダンシング・ヴァニティ」(筒井康隆原作)の構想を練る。暗いうちに散歩を始めて夜露に濡れる草のゲレンデから黒い山々の彼方に曙の光を見る。こういう時間がやはり必要だなあ。といいつつ巷に戻ってスケジュールの日々に突入。



オー月チャード日 9月10日と11日の二日間。オーチャードホールで「シンフォニック・ニューヨーク」。沼尻竜典指揮の東京フィルで、前半が錦織健(テノール)と鈴木慶江(ソプラノ)のバーンスタイン・プログラム。後半は19歳のソウル・シンガー清水翔太がオケで歌いその後デュオで「サマータイム」をやる。最後に「ラプソディ・イン・ブルー」を弾く。



刑務月所日 祖父が設計した「明治の五大監獄」の一つで現在も現役稼働中の奈良少年刑務所が創立百周年を迎えた。その「記念矯正展」に設計者の孫を呼ぼうということになって企画担当者から連絡があった。当日、赤煉瓦造りの正門の前で関係者の方々と共にテープカット。裁判員制度普及の為のヌイグルミキャラのナッチー君も列席。奈良地検だからナッチー君だ。以前問題になったセント君は定着しつつあるとのこと。新聞各紙が取り上げてくれたおかげでコンサートには千人の人たちが詰めかけてくれた。東京から親戚四人も駆けつけ、終了後は刑務所長さん達と一緒に収容者調理のカレーライスをいただき、赤煉瓦の塀の内部をくまなく見学した。祖父も不思議な縁を残してくれたものだ。



菊月地日 新宿ピットインで、菊地成孔が毎年この時期に三日間ちがう相手とデュオをやる。今年で3回目。山下との日はスタンダードとフリージャズを交互でやる「紅白歌合戦」方式が定着している。発売即完売満員で、貧血卒倒者が出る日もあるので事前に菊地がトークで警告。そのせいか救急車のサイレンは鳴らず無事に終了した。



六人月猫日 「ピアノ6連弾」のシーズン2が開幕。佐山雅弘、小原孝、国府弘子、塩谷哲、島健、山下が再集結する。本来大勢で集まることがないピアノ弾きの会合を伝説の猫の集会のようだと言ったら国府弘子に受けて、リハの時に猫の手の形をした布製フデバコが皆に配られた。おれのはド派手な豹柄だ。



驚愕月少女日 鼓童から独立した和太鼓奏者、金子竜太郎が音楽監督を務めるイベント「サッポロ・ミュージック・セッション」に梅津和時(reeds)と参加。ゲストが高校1年生の少女サックス奏者の寺久保エレナだった。このエレナちゃんの上手さには仰天。モノホンです。小学生でバップをマスターしてしまったらしい。知る人ぞ知る驚異の存在で、今年3月には小学校時代からの知りあいの本田雅人のセッションに呼ばれて東京デビューをしている。東京に住んでいたら毎日引っ張りだこになるのは間違いない。そういえば、北海道ってジャズ界の逸材多いですよね。



「CDジャーナル」2008年11月号掲載
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