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muji . 2008.10 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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名月前日 でたらめ外国人名シリーズで、つのだたかし氏より新作到着。最近相撲部屋に入門したイタリア人は頼もしい名前で「序盤にがぶり寄り(ジョヴァンニ・ガブリエリ)」だって。なんと筒井康隆さんも参戦。イタリアの酒飲みの一家は「ヘベーレ家」。奇しくもイタリア系で競演だ。つのだ氏のもう一つは、しつこくすがりつく老人に「放さんか、ジジイ!」これは遠い昔の古典だったような気がするなあ。



国月歌日 オリンピックで各国国歌を聴いているうちに、以前の自分の主張の間違いに気づいた。日本以外の国歌は大体が西洋軍楽隊の物真似風でオリジナリティがない。その点日本はエライという問題だ。アフリカや中南米やアラブの国の国歌になぜ日本のような強烈な民族テイストのメロディがないのか。それはあるメロディが採用されたとしてもそれに対して必ず「あれは何々族の歌ではないか」という反発が起きるからではないだろうか。何の関係もない西洋風なら、世界に通用して同時に国内には差し障りがない。そういう知恵だったに違いない。気づかずに浅はかだった。「日本は単一民族」という幻想の下に成立しているのか。あのメロディに民族的に不満を覚える人はいないのだろうか。



ジャズ月国家日 ジャズではすでに一バンド一民族、一個人一民族の思想があるので、その日にやるアドリブは全部国歌だといってよい。昨日と違うじゃねえかと言われたら朝令暮改して国歌を変えたと言い張る。そのジャズマンが集まって建国した「ユナイデット・ステイツ・オブ・ジャズ」という国があるとしたらその国歌をどういう節にしたらよいのか。マイルスの節かコルトレーンか、はたまたエリントンかベイシーか。政治となれば白人勢だって黙っていないだろうし、日本系から青森のねぶたや阿波踊りが殴り込みをかけたっていい。でもやはりブルース・メロディが勝つかなあ。あれはもともとアフリカ系の人々のどこと特定できない節が自然醸成され支持されて共通の財産になったと考えられる。今でも世界中でジャズに参加している全ての人が共通して認める節だからやはりこれですかね。



三人月旅日 ニューヨーク・トリオの相棒ドラマー、フェローン・アクラフが自分の音楽を持ってきてツアーをするというので、トム・ピアソン(p, key)と助っ人参加する。ドラム、ピアノ、キーボードという不思議トリオ。フェローンだからなのか、ドラマーだからなのか、全く摩訶不思議な曲が多くてアタマがおかしくなる。フェローンの友人で楽譜を整理してくれた馬場和子(p)さんも最初に音を聴いて楽譜を見た瞬間「何、これ!」となったというから、皆そう思うらしい。リズムが変で、メロディが変で、でもどれもがスカやレゲエやファンクになっているのが不思議だ。

 移動の車中は業界話満載。今評判の女性作編曲家のマリア・シュナイダーの話題を出したら、トム・ピアソンが「自分がギル・エヴァンスに紹介した」と言い出した。ちょうどギルが映画の仕事をやっていて助手を探していて頼まれたが、自分はやらずに知り合いだった彼女を紹介したとのこと。「でも彼女(が将来書くかもしれない)自伝には出てこない話だよ」。フェローンは「グラミー賞をとった時にニューヨーク・タイムズがマリアの特集記事を載せたが、その写真が同じ名前のヨーロッパの女優のものだった」と披露。『ラストタンゴ・イン・パリ』の主演女優が同じ名前だったらしい。

 トムはウディ・アレンの『マンハッタン物語』でガーシュイン曲を素晴らしいオケ・アレンジして話題になった作編曲家でもある。ジョン・ウイリアムズもよく知っているし、映画界の内輪話はとても面白い。「ウディ・アレンとは合わなかった。低級な音楽を好んでそれを押し付けようとする。回りは皆イエスマンだ」そこでヨースケもひとウンチク。「映画監督は王様だ。タケミツだってクロサワに“書き直せ。マーラーのような音が欲しい”と言われたんだぞ」わいわいと言いながら、東京のJZ Brat、名古屋ラブリー、四日市ビーボ、京都RAG、そして最終地は舞鶴の「赤煉瓦ジャズフェスティバル」だ。



絵画月絶叫日 巨大な赤煉瓦造りの倉庫群を持つこの町とは、建築家の祖父が赤煉瓦建築物(主に監獄)を方々に建てていることからご縁が生じた。ジャズフェスの第一回目にも参加している。さらに最近、赤煉瓦倉庫の一つにある市政記念館の一画に「日本のジャズコーナー」ができて、そこにおれの資料も飾られているという不思議な場所なのだ。さらに今回は、フェローンにとっての仰天サプライズも用意した。フェローンに紹介されたニューヨーク在住の画家鞍井綾音(アヤネ)作の大作「クルディッシュ・ダンス」を買い取ってここのスペースに置いてもらったのだ。知らずに通りかかったフェローン、さすがその感知反射能力は素晴らしく、一瞬にして発見して絶叫!



「CDジャーナル」2008年10月号掲載
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