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muji . 2007.08 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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  字月数日 前回、料理レポートはただ書くだけで字数が増えて楽などと書いたが、考えてみるともっとすごいのがあった。他ならぬ音楽だ。“ベートーヴェン作曲ピアノ協奏曲第五番「皇帝」変ホ長調作品73”長いです。“マイルス・デイヴィス「ウォーキン」”に比べてはるかに字数がはかどる。

聖月響日 神奈川県立音楽堂で神奈川フィル・指揮金聖響で「ラプソディ・イン・ブルー」。聖響さんには2000年のニューイヤー・コンサートで「ピアノ協奏曲第一番“即興演奏家の為のEncounter”」(やはりタイトルが長い。ジャズのオリジナルなら「グガン」でいいのに)を振ってもらっている。この時は佐渡裕さんが急病で急遽代演で出ていただいた。初対面の時にお顔が息子に非常に似ているので驚愕した覚えがある。凄い顔になってこちらを睨みながら指揮をされた時には息子に睨まれて叱られるのはこういうものかと疑似体験できた。楽屋で息子と対面してもらったのだが、今回聖響さんは「もう似てないでしょう。体重が増えちゃって」とおっしゃる。成程、新婚の幸せ太りで少しふっくらか。美人の里江夫人のお料理が最高に美味しいからにちがいない。本番の演奏はスイングする箇所を発見してお互いにんまり。でも凄い顔で睨む箇所もありましたよ、聖響さん。終演後楽屋に玉木正之さんご一行が来てくれる。玉木さんに会って思い出したが、ここは横浜ベイスターズのリーグ優勝の場所だった。1998年のあの晩、同じ神奈川フィルと「ラプソディ」をやってこの楽屋に帰って来てテレビをつけると、佐々木が新庄を三振にとって優勝が決まった。思わず叫んで外に出ると方々の楽屋から雄叫びが聞こえて、さすが神奈川フィル! と感激したものだ。その楽屋に、神奈川芸術文化財団芸術総監督で作曲家の一柳慧氏も現れて下さった。一柳さんは強烈な“前衛音楽”の実験で若い我々の度肝を抜いた方だ。あるコンサートではヴァイオリン奏者の女性が半裸になってグランドピアノの上に横たわるという作品もあった。そのヴァイオリン奏者の名前は小野洋子。皆様、ご存知でしたか。

薩月摩日 鹿児島の薩摩川内市のまごころ文学館主催でトークと演奏。ここは祖母方のご先祖の地で前日に「お帰りなさい食事会」をしていただいた。鹿児島市内出身の祖父方の先祖の研究をされている鹿児島大の丹羽謙治先生、こちらと先祖同士が親友だったことが分かったカメラマンの中島正國氏、それに東京在住の柏田耕治さんも合流する。居並ぶのは長老柏田真佐江おばさまをはじめ、柏田、瀬下、西牟田、餅原、田中姓の八ファミリー12名。すべて曽祖父の末弘直方と柏田家の結びつきから発している。初めてお目にかかる田中義久さんは直方の弟の田中直哉の子孫で両者とも西南戦争勃発直前のいわゆる「密偵」のメンバーだった。柏田耕治さんのご先祖の柏田盛文もそうだから、ここに密偵の子孫3人が集結したというわけだ。それはもう密談で盛り上がりましたよ、って嘘うそ。
 翌日、福冨則義館長と担当の濱崎望氏の案内で川内の文学館と歴史資料館を見学。名門の有島家と里見トンや山本直純のつながりを知る。ところで、直純さんの次男の祐ノ介さん(vc, comp, cond)に嫁いだのが母親方の親戚の娘小山京子(p)という因縁があり、つまり川内で始まった有島と末弘の二家族の歴史がこの結婚によってあらためて手を結んだとも言えるわけだ。そのようなことも喋りつつ、公演は無事終了。楽屋にN響ティンパニ奏者の久保昌一さんのご母堂が真佐江おばさまと来てくださる。新たな薩摩連合発見だ。。

酔月眼日 やがて始まった食事会では濱崎氏が凄いジャズフリークでギタリストであることが判明したり、女子職員の方々も参加されたりで、大変華やかになった。焼酎の飲み方はいつも聞くのだが、お湯割りはお湯を先に注ぎ焼酎を入れたらかき回さずに対流でまざるのを待つというのが定説だ。しかしさらに、湯→焼酎→湯の順に注ぐ“サンドイッチ方式”もあると聞いて焼酎文化の深さに感動する。一方、女子職員の方の中には「生で飲みます」とさらりとおっしゃる頼もしい方もいて、つまりはどう飲んでもよいということらしい。一座に酔いが回って写真撮影などが始まると、その方々が皆それぞれ、千秋、小池栄子、藤原紀香、インリン様に見えてきて、さすが薩摩おごじょの魅力は最強と納得したのだった。
 翌日、福富氏、市の文化課長の郡山毅氏に送られて串木野港から船に乗る。最終の飛行機で帰京する前に甑島を見学するのだ。出発間際に岸壁に西牟田英作さんご夫妻がお孫さんのお嬢ちゃんを連れて見送りに来くれているのが見えた。動き出す船から手を振って岸から離れていくのはいつ以来か思い出せない。


「CDジャーナル」2007.8月号掲載
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