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muji . 2006.08 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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  小淵月沢日 小淵沢にあるペンション「月下草舎」でデュオコンサート。初日は竹内直(ts)、二日目太田惠資(vn)。オーナーの笹沼ご夫妻考案の建物は大きな吹き抜けのサロンがあり、そこが会場。パンフレットのラインナップには知り合いの名前が並び、隣は中本マリさんの別荘だとういから、この辺はジャズマンの隠れ家地帯だったか。近所には「14歳以下お断り」という看板を掲げる頑固蕎麦屋もある。久しぶりに直ちゃんの豪快な音を浴び、太田惠資は「ギューゼルダーリャーグーズナー、ゲールゲールゲール」とわめき、庭のカッコーはA♭とE♭で鳴くという高原の饗宴でした。これ確か「こぶちざわ音楽祭」だったんですよね。

銀月巴里日 銀座ヤマハホールで「神津善行のおもしろ音楽講座」のゲスト。神津さんの講演のあとに日野皓正とデュオをやる。すぐ裏のシャンソン喫茶「銀巴里」で日野と初めて会ってから40年以上が経っている。その場所に行ってみると「旧銀巴里跡」という石碑があった。ジャズが間借りしていた毎週金曜日の昼間のセッションの帰りに、夜の本番に出る若いスター丸山明宏の顔を見ることもあった。

恒月例日 第一生命ホールで恒例のソロピアノ・コンサート。昼本番なので前日晴海のホテルに前乗りして、近くのピアノアートサロンで練習する。ここは、30年近く前まだあたりが倉庫ばかりの時に出来た。やがて開発され大江戸線も通った。先見の明というべきだろう。オーナーの倉林女史といつもそんな話をする。お顔が従姉妹の和子にそっくりなので他人とは思えない。

Aki月ko日 ジャズクラブJZ Bratに歌のAkikoと出演。ユニヴァーサル・ジャズ・デイズということで、助っ人をやった。バンドは金子雄太(p,org)、池田潔(b)、藤井伸昭(ds)。聴いているだけで非常に楽しいので出て行きたくなかったが、事前の約束でデュオとソロとアンコールに参加。デュオは折角の機会なのでこちらの「Only Look at You」を歌ってもらった。内容は、年寄りのおれが若いAkikoに語りかけるものだが、それをAkikoが歌う。芸術上の逆転現象というやつか。

松月原日 松原勝也(vn)と富山へ。松原氏といえばバッハの「無伴奏パルティータ」だ。それをメインに、デュオでは、バイオリン・ソナタ「Chasin' the Phase」、正月に松原カルテットとやってもらった「Sudden Fiction」から何曲か、さらにジャズのスタンダード曲もやった。アンコールは「テイク・ファイヴ」で客席の手拍子を誘うというジャズマンの悪知恵を実行。

名月芸大日 富山から名古屋芸術大学へ直行して特別講義をやる。一般公開で話だけのつもりだったが、急遽、生徒の志願者を募った。来てくれた三輪一登君(sax)、戸田裕久君(b)、小川和也君(ds)と一緒に「スワニー河」を題材に何度も演奏し、ジャズのさまざまな側面を伝えることができた。皆さんありがとう。また後期に会いましょう。

同調月会日 新潟在住の国立音楽大学卒業生の会である新潟県同調会がソロ・コンサートをやってくれた。会長の石本陽子女史をはじめ主だった世話人の皆さんと、前夜祭でホテルの中華料理を堪能。四十品の中から何でも食べられるところ、十六品を平らげたから相当健啖か。翌日のコンサートは無事終了。打ち上げでは同級生同士元に戻って、あの先生あの友人と話が尽きない。そのうち「山下君はいつもタムラさんと一緒に帰って行った」などと言われるのには参った。「すみませんずっと女房になっています」と謝る。当時は学校への帰属意識など無くむしろ逆だったが、今になると心が安まる。これも四十年の年月のなせるわざというものか。

ケミ月ストリー日 CHEMISTRYのレコーディングの伴奏を1曲ソロピアノでやるというプラン。息子に言うと「そういう事をするとCHEMISTRYのファンからコロされるよ」と注意された。おれもそう思う。その「for...」という曲の事前練習で教会終止和音に遭遇。歌詞とも一致するので、そこだけ歌い方を進言させていただき、あとはひたすら、川畑要、堂珍嘉邦両君の足を引っ張らないように努力したが、さてどうなっていますか。ファンの皆様どうかコロさないでください。

発作月猫日 というような忙しい日々が続きようやく一段落。ほっとして行きつけのお蕎麦屋さん「田堀」に行くと、台所に現れる野良猫がとうとう子供を連れて来たとのこと。すぐに裏に見に行った。この年頃の小猫は世の中で一番可愛い生き物だ。あっという間に魂を奪われ「もらっていきます」と言っていた。先住猫のアーちゃんとピロちゃんの怒りがどのようなものになるか、これから対策を考えなければならない。


「CDジャーナル」2006年8月号掲載
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