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muji . 2002.04 .
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. 山下洋輔の"文字化け日記"
イラストレーション:火取ユーゴ
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 猫好きの皆さま、猫がいなくなったことはおありでしょうか。どうやって帰ってきましたか?

 こちらは、引っ越しのどさくさでいなくなった猫を探して神社に入り込み、思わず拝んだら次の日に帰ってきたことがある。失踪後17日目だから奇跡のようなものだ。感激し、丁度頼まれていたエッセイに思わずその神社を「猫返し神社」と書いてしまった。これが騒動の発端だ。

 神社は実在するが、もちろんその様な呼称はない。ところが写真入りで紹介されたその雑誌をもって、神社を訪れる猫好きの人が現れた。宮司さんがびっくりして家にやってきた。その後も猫雑誌などの取材で話していたら、遠くから手紙で、猫が帰ってくるような御札をくれなどの依頼が神社に次々に届きはじめた。猫仲間の情報は速い。

 そしてとうとう去年、この神社の縁起由来の一節に「猫返し神社」と書かれる事態にいたった。この立川の「阿豆佐味天神社」の境内には、水天宮、八雲神社と共に蚕影神社が御祭神としてある。これは養蚕の神様で、つまり蚕が大事にされるわけだ。「すなわち、蚕に災いをなす鼠をとらえる猫を守り神ともするところから、<猫返し神社>として、愛猫の無事を祈りに来る人もいる」と、正式に愛称として紹介されることになった。

 ある人間が猫の帰還を願ったら猫が帰ってきたのは事実だが、普通は「へえ、不思議なこともあるもんだね。偶然だろうけどね」で終わるのだろう。しかし、たまたまこの人間が異常な面白がり面白好きで、自ら「猫返し神社」というネーミングまでして、しつこく喋り続けたのが普通でなかったかもしれない。反応する人が増え始め、また、当該神社の宮司さんが、もとバンド経験者で、すぐ面白がったというのも大きかった。ま、しかし、神社仏閣の縁起由来の発生にはこういう推移もあるのではないか。宮司さんが冗談に「神様を作っちゃったわけですね」と言うので、ちょっと恐ろしくなり、通りかかるたびにせっせと御賽銭を差し上げる今日この頃だ。以上、本業のあまりの忙しさに、苦労逃れの別話題、猫返し神社の由来の一席だった。さて本業はというと相変わらずの旅稼業。


 某月某日は佐賀県に行き、有田の「磁器太鼓」という太鼓集団に乱入。使う太鼓の胴がすべて名匠の作った有田焼だというのだから凄い。太鼓一つで家が一軒建つ位の値段だそうだ。さらに皿を(意図的シャレではありません)シンバルのように使うので、これまた割れないかとひやひやする。


 次の日は鳥栖で「牛原獅子舞」と共演。伝統の獅子舞の音楽のリズムは強烈で、8拍なのだが、2、3、2、1のようにアクセントがつく。「ジャガジャン、ジャガジャンジャン、ジャガジャガジャン」という言い方も含めて韓国伝統音楽のリズムを思い出したが、やはり朝鮮半島からの伝承が色濃く残っているそうだ。8拍の割り方では、仙波清彦さんに教えてもらった歌舞伎の「着到」という音楽のリズムは、3、2、3のアクセントをつける。これは「タカタカタン、タカタン、タタッタタ」と勝手に翻訳して自作のピアノコンチェルト第1番「即興演奏家の為のエンカウンター」のフィナーレの繰り返しに使わせてもらった。あと、クルド民族の歌で、はっきりと5、3に分かれているものもある。「タリラリラ、タタタ」というフレーズでこれは前述コンチェルトの第3楽章のテーマに応用した。なんだ、ほとんどパクリじゃないか、といまさらながら驚きつつ、8拍といっても色々あるのだとあらためて発見している。


 某月某日は、坂田明と対談。この二人の対談が「クロワッサン」に載るというのだから、世も末だ。ほとんど活字に出来ない言葉に終始して爆笑の連続。都合が悪くなるといきなり田中角栄になってまくし立てる坂田手法は健在で、あたしゃあ腹の皮がよじれた。


 某月某日、小山京子と対談。銀座資生堂のホール。京子は素晴らしい経歴を誇るクラシック・ピアニストで親戚筋にあたる。今回もこのイベントをプロデュースしている怪人秋山道男に誘われて、以前に映画「ファザーファッカー」(荒戸源次郎監督・内田春菊原作・桃井かおり・原田芳雄・秋山道男主演)の音楽をピアニカ1本でやったが、その時、ラスト・シーンにピアノを弾いてもらった。


 今回は教養講座仕立てで、クラシック音楽の和音の歴史をバッハからシュトックハウゼンから山本正美(夫は直純氏・彼女の義母になる)の肘、拳、掌打ちの新曲までばっと一人で弾いてしまったのには驚愕。さらに練習で何があっても間違えないように、全然違う曲をがんがん聴きながら指だけは曲をさらうという話にものけぞる。「じゃあ、弾いている最中に後ろからドヅかれても全然平気?」「そんなの平ちゃらです。天井が落ちて来ない限り」。皆さま、クラシック・プレイヤーはオリンピック選手より強いかもしれませんよ



「CDジャーナル」2002年04月号掲載
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